ワグナーの妻『コージマ』でビジョンを検証する

19世紀ドイツの楽匠リヒャルト・ワグナーの妻コージマで検証してみましょう。

「ワグナーとその楽劇へ献身」
これが、私が想像するコージマのビジョンですが外れていないと思います。コージマについて書かれている自伝、伝記の中にも、何度も「献身」という言葉が出てきます。

目的」も「手段」も使えるだけ使い、その行動たるや目をみはるほどでした。「結果」として手に入れたのは「目的」の通り、いまも続いているバイロイト祝祭劇場と音楽祭、ワグナーの楽劇、バーンフリートの館(現在はワグナーミュジウム)を残し、「成功のサークル」を完走しました。しかも、息子や孫に引き継がれ、「音楽の聖地バイロイト」は今もなお、世界の音楽界の注目の的となっています。

世界のワグナー・フアンがバイロイト祝祭劇場の席の予約を争う芸術祭は、世界的に有名なピアニスト、リストの娘、コージマのパワーの凄さを立証します。コージマが「ビジョン」を掲げそこから得た「結果」です。

コージマは第一次世界大戦前のベルリンフィルの名指揮者、ハンス・フォン・ビューローと結婚し、3人の子供を持つ母親でした。コージマは暗い厳しい幼少時代を過ごしたせいか、決して明るい顔をしていません。ひょろりと背の高い、美人でもなく、どちらかと言えば勝ち気で厳しい、とっつきにくいオーラを放っています。

コージマは家庭を捨て、子供を連れてフォン・ビューローと離婚します。ワグナーにはミンナという妻がいて、「トリスタンとイゾルデ」の着想の源になったベーゼンドンク夫人と大恋愛の最中にあったにかかわらず、ワグナーと強引に駆け落ちしたのです。もともとフォン・ビューローはワグナーの楽劇のほぼ専任の指揮者だったのですから、2人の裏切り行為はミュンヘン中で大スキャンダルになりました。

有名な話ですからみなさんご存じと思いますが、ノイシュバンシュタイン城の城主、王であるルードウィッヒ2世はワグナーの楽劇に情熱を捧げ、ワグナーは楽劇の上演権を王に与える代わりに莫大な費用を王からせしめていました。世間では「Kunst und Gunst」(文化と寵愛)の関係と言われていました。ワグナーはお金に、国王はワグナーの楽劇の魔力に取りつかれたのです。

ワグナーは有名な浪費癖があり、女性関係も盛んでした。お金が尽きるとミュンヘンの国庫金から支払われる費用をコージマは王に懇願し受け取りに出かけていました。ミュンヘン政府の財務省は立腹し、札束で払わず、コインで支払うという嫌がらせの方法を取りましたが、コージマは恥ともせず麻袋を何枚も用意し、辻馬車でお城に受け取りに行ったそうです。さらに王はワグナー家のために、スイスにトリープシェンの館を与え、最終的に住いとした「バーンフリート館」も祝祭劇場の横に建設しました。

ワグナー夫婦は楽劇上演の専用の祝祭劇場を設立するため、友人、お金持ちから執拗にお金の無心をして、寄付金を集め、協力しなかった人には冷たい態度で離れていきました。哲学者ニーチェさえ、最終的に決別するまでは、ワグナーとコージマ夫婦のために尽くし、さらにコージマの父リストもたびたび援助していました。
築城とワグナーへの莫大な援助金によりミュンヘン政府の国庫金を流出させたことで、王の座を追われることになったルードウィッヒ2世はベルク城に監禁され、翌日、謎の水死体となってシュタルンベルク湖で見つかります。いまだに自殺か、他殺か謎のままです。

ワグナー夫婦が経済的に利用した王が退位させられることになり、死に追いやられた大きな理由の一つとなったのは残念です。自分たちの「ビジョン」をそこまでして実現してみせるとはすごいエネルギーを出したものだと仰天します。
1883年、ワグナーがベニスで死去。

これだけ尽くした夫とその楽劇の世界に、一人で立ち向うコージマの新生活の唯一の「目的」は手にした劇場で「ワグナーの楽劇を保存」することでした。コージマはその上演にあたり、みずから監督を務め、舞台装置や技術まで指導するまでになったのです。

母親、マリー・ダグー伯爵夫人に似て、「目的」遂行のためには強烈な意思力で権力の座をわがものにし、「王侯貴族のような態度でヨーロッパを巡り歩いた」と書かれています。夫の影から躍り出て、コージマは生き返り、よみがえり、世間の増悪をものともせず、「バイロイトの妖怪」と呼ばれ、ワグナー死後40年もの間、生きながらえ、世界の音楽界は彼女の前に跪(ひざまず)きました。反ユダヤ主義だったコージマはユダヤ人の音楽家に距離をおきました。「目的」遂行のため、邪魔になるものは排除する排他的な感情も強かったのです。

「献身」や「奉仕」というビジョンからずれて、指導者となり、支配者となりました。このように「結果」を出したものの、前半の人生と、ワグナー亡き、後半の人生とではコージマのイメージは一変します。偉大な人には違いないけれど偉大過ぎて、あのおとなしそうで暗いイメージのコージマからは想像できません。

息子ジークフリートに継承され、息子亡き後、その妻ウィニフレートにさらに継承され、ワグナー家の遺産はその後も続きます。音楽音痴のウィニフレードはヒトラーの力を借りざるを得ませんでした。そして、バイロイト王国は、一時期「ヒトラーの聖地」となったのです。

コージマが選んだ「手段」と「行動」「結果」に他人は評価を下したり、批判する権利はありません。その人が人生で挑んで得たものであり、他人がどうこう言うものでもありません。けれども、恐ろしいばかりのエネルギーの出し方で、私にとっては、「ちょっとばかり怖いな」と思ういっぽうで、さすが歴史に名を残す女性だと敬服しています。 成功のサークル コージマの場合
コージマほど、ビジョンが目的に具体化しているのは見事です。西洋人の合理的な考えだからだと思います。
さらに、自分のビジョンのためにわき目もふらず人目も気にせず、手段を選ぶのは意志の強さと言えるのでしょう。
それだからこそ、結果は、見事に目的と合致しました。スケールの大きな真似できない「成功のサークル」を完成させたお話です。
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山川 和子

Author:山川 和子
世界的ブランド「フェイラー」創業者 山川和子が起業家になりたいあなたへ「私の経験」から語れることをお伝えしましょう。

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