「手段」を賢く使う

「ビジョン」という言葉に慣れ、身近に感じるようになってきたと思いませんか。「自分が何をしたいか」「どうありたいか」「何を得たいか」など、目的も具体的になってきたはずです。

大きな目的より、達成しやすいことから始め、クリアしたら、次の目的を立てるというふうに進んでいけば、自信がつき、「よし、もっとやろう、つぎにいく」と、意欲的になります。欲張らず、あせらず、大きすぎず、到達可能な目的を掲げることから始めたらいいと思います。

人間、自分ひとりで何もかもやりこなせるはずはありません。限度があります。シャカリキになっても自分の知っていることなど、知れたものです。そんなときは、あなたのまわりを見渡してみて下さい。「目的」を手に入れるための「手段」が、いろいろ見つかります。それらが、あなたを大いに助けてくれるのです。

あなたが目的に向かって一歩前に進むとき、「情報」「コネクション」「先輩やその道の人から知恵をかりる」「専門家の技術」や「ネットや情報誌の知識」を得ることもできます。これら外部で見つかる「手段」はタンジブルで、参考になり、即戦力になります。それらを、あなたの創造力、勇気、努力、夢、向学心などのインタンジブルな力と結び付けることにより、効果が出ます。

さて、ここで打ち明けておきたいお話をしましょう。私たちがいちばん「手段」として使いたく、効果があると思っているのはお金ではありませんか?

実際、お金ほど「手段」として使えるものは他に見当たりません。お金の出番はここぞとばかり、「手段としては最高」です。生きる上で、仕事上で力を発揮し、助っ人となり、最高に役立ちます。ただしお金ほど間違えると「恐ろしい落とし穴」になり得ます。とことん、あなたをやっつけ、突き落としてしまう力も持っていますからご用心。

人を助けることができるのはお金、人の命さえ奪うこともできるのもお金、こんな両極端の力を持つのがお金です。それに、お金は「流動的で不安定」な性質をもっていますから永遠に手段とするわけにいきません。いつ必要か、そのタイミング、どれだけ必要か、をよく考える必要があります。

あなたがお金を運転しているつもりでも、お金があなたを運転することもあります。
お金と愛
そしてお金のほかに、もうひとつ「取扱い注意」なのが「愛」です。
愛も手段として絶大なエネルギーを持っています。この愛によって、ビジョンに近づくことができ、人に快適さや幸せをもたらすこともできます。ただし、愛もお金と同じで憎しみというアンビバレント(両価性)な関係を生みます。しかも、愛はいつ、ひっくり返るかわからない不安定さを持っています。裏目に出た時は危険そのものです。

自分では愛を「手段」として正しく使っているつもりが、夫婦、恋人、親子、友人の間でも、相手は「しつこい」「まとわりついてほしくない」と思っているかもしれません。エゴを持っている人間は、都合の良い時は愛、そうでないときはそこから逃げ出したいと思っているのです。残念なことに「上手く使えそうで、使えないのが愛」です。

お金も愛も、使う人次第でどちらにも転びます。ゆえに、「お金と愛を取り扱う際には、慎重に、そして、理性が必要」と心がけることです。

以前のブログで説明したコージマとワグナーのように王を死に追いやった理由の一つは愛とお金を「手段」として使ったからです。世のなかに起こるほとんどの悲劇はこの二つの手段の使い方により引き起こされます。

手段を選び、それを使って、いよいよ「行動」を起こします。あなたの成功のサークルの最後の段階に入ります。

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ビジョンを目的(見える)化する

ビジョンは自分が掲げた見えない価値ですから、エネルギーを燃やすには、目的を具体的に設定し、「何をするか」「どう行うか」「何を創るか」「何を学びたいのか」「何を手に入れたいのか」、あらゆる目的を具体化します。ビジョン(見えない)と目的(見えるもの)の関係を結び、エネルギーが宙に浮かんだままにならないようにします。

私個人のビジョンはシンプルな4文字熟語で「安心安全」です。心も体も、日常生活のあらゆる場面で、安全でいたい、安心していたい、これが私にとって最も大切な価値なのです。コージマの壮大な価値とは大違いですが、結果は人それぞれ。だからビジョンは面白い!のです。

「なんと?安全パイの中で生きるとは、平凡なビジョンじゃないか」と考える人もいるでしょう。中には、少々、リスクがあっても、「新しい挑戦こそ、私のビジョンだ」と言う人もいます。「安心安全」と枠をつけ、「それをビジョンとしたら不可能なことにチャレンジできないではないか」と思う人もいます。私のビジョンがちんまりしていようが、ストイックと思われようが、私がいちばん安心安全でいられる日常が私にとっては最優先かつ最大の価値なのです。私は安心安全でいるとき、とても大きな力が出せるのです。

さて、ビジョンを具体化するために、私がどんな目的を立てたか。
1 年に一度、人間ドックを受診する
2 なるべく有機食品を食卓に。添加物のないものを選ぶ
3 ジムに通う。運動量を確保するため1日最低5000歩を心がける
4 セキュリティのために防犯カメラを取り付け、窓は防犯ガラスにする
5 嫌な対人関係を断つ。目障りなものは捨て、心を平安な状態に保つ
6 リスクのあるようなことは極力避ける
7 あわてず、時間に余裕を持ち、計画をよく練ってから行動する
8 平均的な生活ができるよう、お金を粗末に扱わない
9 大切な家族や友人たちが問題を抱えていないか、適当な距離感をもって見守る
10 万一の災難や、苦難を受け入れるために精神を鍛えておく

当たり前と言えば当たり前のことばかりですが、これが私の十戒(見える化)です。それでもこれを毎日の生活の中で実行するには、かなり努力が要ります。安全はより具体的に策を立てられ、手段も見つけやすいのですが、安心は心の問題ですから手段は自分の心の内にあります。例えば、老病死、自然災害などを受け入れる心構えを強くするのも安心のための準備の一つです。

私のビジョン「安心安全」も目的と繋がっているでしょう?これらが無意識のうちに実行できればビジョンのプロです。でも、たまに忘れて、「ま、いいか」となるのが人間です。

最近ビジョンの勉強をしていて気づいたことは、生きてきた幼少期や、過去の経験や見聞きしたことなどもビジョンの要因になっているのではないかと思っています。私の場合はそうです。安全でなかった戦後と貧しさを過ごしたから安心安全を掲げるに至っているのかもしれません。

ビジョンの在り方も変化してきました。楽しく過ごす選択肢も広がり、遅まきながら日本人も、個人主義的になって男女問わず自分の人生は自分の意志で決定するようになり、自分の価値に従って生きていきます。一昔前なら考えられなかった社会の変遷と、それに合わせ生きる人々の自由な思考の在り方は、どんどん広がっていきます。
ビジョンを目的化する
若い人が都会での窮屈なサラリーマン生活が嫌になり、地方生活を楽しむ人が増えています。ある時、心の底におりのように沈んでいたビジョン、人生の価値観が突然堰をきって浮かび上がってきたのでしょう。「解放」「自然」「自立」「自由」など、それぞれにビジョンが見つかったのだと思います。農業を始めたり、漁業だったり、田舎カフェもあり、地方文化を発信したり、目的を定め成功のサークルに乗り、新天地をめざして漕ぎ出しています。

次回は具体化した目的と手段の関係です。どんな手段があるか、どう使ったらよいかなどを見ていきましょう。

ワグナーの妻『コージマ』でビジョンを検証する

19世紀ドイツの楽匠リヒャルト・ワグナーの妻コージマで検証してみましょう。

「ワグナーとその楽劇へ献身」
これが、私が想像するコージマのビジョンですが外れていないと思います。コージマについて書かれている自伝、伝記の中にも、何度も「献身」という言葉が出てきます。

目的」も「手段」も使えるだけ使い、その行動たるや目をみはるほどでした。「結果」として手に入れたのは「目的」の通り、いまも続いているバイロイト祝祭劇場と音楽祭、ワグナーの楽劇、バーンフリートの館(現在はワグナーミュジウム)を残し、「成功のサークル」を完走しました。しかも、息子や孫に引き継がれ、「音楽の聖地バイロイト」は今もなお、世界の音楽界の注目の的となっています。

世界のワグナー・フアンがバイロイト祝祭劇場の席の予約を争う芸術祭は、世界的に有名なピアニスト、リストの娘、コージマのパワーの凄さを立証します。コージマが「ビジョン」を掲げそこから得た「結果」です。

コージマは第一次世界大戦前のベルリンフィルの名指揮者、ハンス・フォン・ビューローと結婚し、3人の子供を持つ母親でした。コージマは暗い厳しい幼少時代を過ごしたせいか、決して明るい顔をしていません。ひょろりと背の高い、美人でもなく、どちらかと言えば勝ち気で厳しい、とっつきにくいオーラを放っています。

コージマは家庭を捨て、子供を連れてフォン・ビューローと離婚します。ワグナーにはミンナという妻がいて、「トリスタンとイゾルデ」の着想の源になったベーゼンドンク夫人と大恋愛の最中にあったにかかわらず、ワグナーと強引に駆け落ちしたのです。もともとフォン・ビューローはワグナーの楽劇のほぼ専任の指揮者だったのですから、2人の裏切り行為はミュンヘン中で大スキャンダルになりました。

有名な話ですからみなさんご存じと思いますが、ノイシュバンシュタイン城の城主、王であるルードウィッヒ2世はワグナーの楽劇に情熱を捧げ、ワグナーは楽劇の上演権を王に与える代わりに莫大な費用を王からせしめていました。世間では「Kunst und Gunst」(文化と寵愛)の関係と言われていました。ワグナーはお金に、国王はワグナーの楽劇の魔力に取りつかれたのです。

ワグナーは有名な浪費癖があり、女性関係も盛んでした。お金が尽きるとミュンヘンの国庫金から支払われる費用をコージマは王に懇願し受け取りに出かけていました。ミュンヘン政府の財務省は立腹し、札束で払わず、コインで支払うという嫌がらせの方法を取りましたが、コージマは恥ともせず麻袋を何枚も用意し、辻馬車でお城に受け取りに行ったそうです。さらに王はワグナー家のために、スイスにトリープシェンの館を与え、最終的に住いとした「バーンフリート館」も祝祭劇場の横に建設しました。

ワグナー夫婦は楽劇上演の専用の祝祭劇場を設立するため、友人、お金持ちから執拗にお金の無心をして、寄付金を集め、協力しなかった人には冷たい態度で離れていきました。哲学者ニーチェさえ、最終的に決別するまでは、ワグナーとコージマ夫婦のために尽くし、さらにコージマの父リストもたびたび援助していました。
築城とワグナーへの莫大な援助金によりミュンヘン政府の国庫金を流出させたことで、王の座を追われることになったルードウィッヒ2世はベルク城に監禁され、翌日、謎の水死体となってシュタルンベルク湖で見つかります。いまだに自殺か、他殺か謎のままです。

ワグナー夫婦が経済的に利用した王が退位させられることになり、死に追いやられた大きな理由の一つとなったのは残念です。自分たちの「ビジョン」をそこまでして実現してみせるとはすごいエネルギーを出したものだと仰天します。
1883年、ワグナーがベニスで死去。

これだけ尽くした夫とその楽劇の世界に、一人で立ち向うコージマの新生活の唯一の「目的」は手にした劇場で「ワグナーの楽劇を保存」することでした。コージマはその上演にあたり、みずから監督を務め、舞台装置や技術まで指導するまでになったのです。

母親、マリー・ダグー伯爵夫人に似て、「目的」遂行のためには強烈な意思力で権力の座をわがものにし、「王侯貴族のような態度でヨーロッパを巡り歩いた」と書かれています。夫の影から躍り出て、コージマは生き返り、よみがえり、世間の増悪をものともせず、「バイロイトの妖怪」と呼ばれ、ワグナー死後40年もの間、生きながらえ、世界の音楽界は彼女の前に跪(ひざまず)きました。反ユダヤ主義だったコージマはユダヤ人の音楽家に距離をおきました。「目的」遂行のため、邪魔になるものは排除する排他的な感情も強かったのです。

「献身」や「奉仕」というビジョンからずれて、指導者となり、支配者となりました。このように「結果」を出したものの、前半の人生と、ワグナー亡き、後半の人生とではコージマのイメージは一変します。偉大な人には違いないけれど偉大過ぎて、あのおとなしそうで暗いイメージのコージマからは想像できません。

息子ジークフリートに継承され、息子亡き後、その妻ウィニフレートにさらに継承され、ワグナー家の遺産はその後も続きます。音楽音痴のウィニフレードはヒトラーの力を借りざるを得ませんでした。そして、バイロイト王国は、一時期「ヒトラーの聖地」となったのです。

コージマが選んだ「手段」と「行動」「結果」に他人は評価を下したり、批判する権利はありません。その人が人生で挑んで得たものであり、他人がどうこう言うものでもありません。けれども、恐ろしいばかりのエネルギーの出し方で、私にとっては、「ちょっとばかり怖いな」と思ういっぽうで、さすが歴史に名を残す女性だと敬服しています。 成功のサークル コージマの場合
コージマほど、ビジョンが目的に具体化しているのは見事です。西洋人の合理的な考えだからだと思います。
さらに、自分のビジョンのためにわき目もふらず人目も気にせず、手段を選ぶのは意志の強さと言えるのでしょう。
それだからこそ、結果は、見事に目的と合致しました。スケールの大きな真似できない「成功のサークル」を完成させたお話です。

プロフィール

山川 和子

Author:山川 和子
世界的ブランド「フェイラー」創業者 山川和子が起業家になりたいあなたへ「私の経験」から語れることをお伝えしましょう。

ビジネス成功へのキーワード「インタンジブル」(無形の力)を使って理論的、かつ実践的に学び、「成熟した人格」「感動的な人生を送るための手腕」「文化的な富裕」を同時に身に着けられることでしょう。

  <独ホーエンベルク>
YSH山川高齢者施設財団
「住みよい街」ホーエンベルク財団

日独で執筆&講演活動中 

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