2023/05/24
一寸法師とガリバー
はて、さて、お花やフクシマを例にとりタンジブルとインタンジブルという言葉を説明してきましたが、耳慣れない人も多いと思います。じつはこの言葉の出どころは意外なところにあります。なんと財務用語でM&A(企業売買)で使われる専門用語なのです。有形資産はタンジブルアセット、無形資産をインタンジブルアセットと言います。
1970年、50年近く前に夫と2人で立ち上げた会社は事業継承の有効手段としてM&A にかけ売却することにしました。M&Aは私にとって、社長業でいちばん大きな仕事と経験でした。このむずかしい最後の仕事を無事に終えた時、来し方で培ったインタンジブル力の大きさに我ながらびっくりしました。見えないインタンジブル資産がタンジブル資産を上まわる価値評価として値段がつけられました。
2004年、M&Aのネゴシエーションのテーブルで私は、はっと気づいたのでした。「会社が両面の価値で査定されるのなら、人間も、物だって同じではないか、見えるものだけが評価のすべてではない」と哲学的なひらめきを得ました。それから10年、自分なりにこの気付きを形にするためにあらゆる勉強を始めました。この言葉は財務用語としてのみならず、もっと汎用するべきだ、とても深いものの見方ができるではないかと!
私たちの会社は、買い手であるガリバーのような大手総合商社からすれば、一寸法師のように小さな典型的な中小企業だったのですが、独自の社風と文化、お椀の舟に入らないぐらい大きなビジョンを掲げ、怖いもの知らず、笹の櫂でスイスイ大海に向かって漕ぎ出していました。それまで日本の市場になかった唯一無二の商品は個性的で、そのユニークで独創的な経営スタイルは、業界でも有名でした。
ご存じのようにM&Aでは、デューディリジェンス(精査)を終え、有形(タンジブル)と無形(インタンジブル)の資産の評価を下しますが、1980年代はまだ有形の資産が価値基準で重要視され、目に見えるデータとして重要な物差しでした。90年代に入ってどんどん基準が変わってきました。世の中は、ブランドや知的財産が未来を牽引すると考えられるようになりました。まさに、見えない力が会社を牽引していく「パラダイムシフト」の時代に入ったのです。
企業継承のあと、経営の「やりかた」が変わっても、企業の「ありかた」は、変えられません。まさしくそれは、ビジョンそのものだからです。ビジョンのない企業は魂のない人形のようなものです。残念ながら、どんな大手でも「あなたの会社のビジョンは何ですか」と聞いてもあやふやな答えしか返ってこないケースがほとんどです。たとえビジョンがあっても、共有できていないか、反復しないために忘れ去られています。
人間は見えないものには無関心ですが、誰もが大好きな見えるもののトップはおカネです。どうですか? あなたにノーとは言わせません。悲劇の90%がおカネで引き起こされても、おカネは偉大な力で人を引き付け、人間のエゴに火を付けます。
起業においても、タンジブルなものに流され、強迫観念のように「より多く」「もっと、もっと、さらにもっと」を求めて躍起になり、その結果、ビジョンを失っている企業が多く見られます。その姿はNo matter how(どんな手を使っても)と言ってもいいくらいあさましものです。
インタンジブルな価値を大切にできれば、「おカネだけが社会や人間を豊かにする」などとは、とうてい言えなくなるでしょう。
おカネを目的にして特定の場所にため込めばよどんだ水のようになります。おカネがその偉大な力を発揮するのは手段として使う時です。正しい手段で使われるおカネ以上に価値あるものはありません。「タンジブルの王者」と言っていいでしょう。
さて、一寸法師が大手総合商社を相手に、どのように、M/Aを成功裏に収めたか、何が価値として認められたか。インタンジブルの価値を、一寸法師の経験をもとに、くわしくお話ししたいと思います。