影 法 師(続・決断と責任)

人間は「人生の山」を登り、降りるまで「責任」という重いリュックを背負っています。いかに軽くするか、そのために必死で戦い続けます。責任は、まるで影法師のようにどこに逃げても追いかけてきて、リュックが空になることがありません。
「逃げるが勝ち」と、よく言われますが、それは毒蛇や熊が出たときまで取っておきましょう。

問題が発生した時、現実を直視したくない、できれば時間を稼いで、うやむやにして消し去りたい、他人のせいにし、責任を転嫁する。そのうち、責任を取ることの重大性さをすっかり忘れ、重いリュックを背負いきれず、投げ捨ててしまう。自分ひとりで責任を背負うことはつらい。なるべくそこから逃れたいのは人情です。

  人は転ぶと、まず「石」のせいにする
  石がなければ、「坂」のせいにする
  坂がなければ、「靴」のせいにする (タルムードより)

世の中はままなりません。どんな責任問題も正面から取り組んで解決しない限り、いつまでも何処までもくっついて離れません。現実逃避をし、責任を取らない結果、つぎのような恐ろしい実態が繰り広げられます。

謝罪、弁償、補償、リコール、クレーム、謝罪社告、裁判、訴訟、資格停止、コンプライアンス違反、倒産、取引停止、退職、別居、離婚、自殺などなど・・

企業は大きいほど物理的、時間的にトップまでの距離が長くなり、問題解決の迅速さを失います。下の図のようにピラミッドの頂点の人がよく使う言葉「知らなかった」「見なかった」「聞いていなかった」は実際その通りかもしれません。しかし、そのことがまさに責任のなさのなせる業なのです。
無責任体質
それなら、責任問題を起こさない方法、発生したら対処する方法はあるでしょうか。責任問題から逃げず、取り組めば解決できないことはありません。むしろ解決してやろうというあなたの前向きの姿勢、それ自体が解決の大きな一歩です。

① 問題から逃げない
② 問題を拡大せず、縮小せず、ありのままに受け入れる
③ 問題を時間をおかず、できるだけ早く、詳しく調査する
④ パニックにならず、会社での日常の業務や、家庭での生活は、冷静に淡々と続ける
⑤ 部下や、他の人に押し付けず、あなた自身がアクションリーダーになる
⑥ 信頼できる公的機関、第3者に相談する
⑦ 原因を突き止める(結果がある限り「原因がない」はあり得ない)
⑧ 解決と同時に再発防止のため組織改善や社内の環境整備の再構築。
⑨ 公正かつ厳重な処罰(スケープゴートを出したり、責任を部下におしつけるのは論外)
⑩ コミュニケーションの取り方に問題がないか(正しい情報を得ているか)
⑪ ビジョンから外れていないか(あるべき姿を再検証する)
⑫ 企業や家庭にとってベスト・ソリュ―ションを総合的に構築する
⑬ 起きたことを解決するのは大切だが、再発しないように手段を講じる

さてここで、私からの提案です。問題など起こらないほうがいい。起こったとしても、初期の段階で見つけるように、つぎのようなことことに気を配っていました。参考にしてください。

社長室のドアはオープン(いつでもだれでもが入室できるよう)にしていた
現場に足を運ぶ(特に商品管理部門、店舗、支店など)
部下の報告、意見の動機や事情を察知する(見えない背景が見えてくることもある)
火のないところに煙は立たない(噂話の中にも一片の真実あり)
直観力を磨き、使う(自分を信じる)
人間は誰もが間違いを犯し、弱い動物であると知っておく(自分もその一人)

問題は、小さい芽のうちに摘み、大きく繁殖してしまってからでは遅きに失することがあると心得ていました。これは企業の問題だけではありません。いっけん平穏に見える家庭においても、しかりです。

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決断のハサミ

チョキン、あ!痛い!血が出ちゃったでは困る!

ハサミほど便利な道具はありません。1日、何回も使います。見えるものばかりを切るのではありません。もっと頻繁に使っているのは見えないものを切るハサミです。このハサミを私は「裁ちバサミ」ならぬ「決断のハサミ」と名付けています。

朝食はパンにするか、ご飯がいいか、どんな服装で出かけようか、今晩は友達とお酒を飲もうか、あの話を妻にしようか、マンションを買うことにするか、今の会社を辞めるか、子供を家から出て独立させようか…これ、みな、決断バサミ。大きなことも小さなことも1日おそらく、20回ぐらいはゆうに使っています。私たちのすべての行動は決断の結果に結びつきます。

個人的なものはさておき、問題は集団の中での「ハサミ」の使い方です。問題がマスの人間にかかってくるので決断はよりむずかしく、慎重になります。何より、責任を取りたくないのが人情です。決断と同時に責任が生じます。ハサミを使ったら最後、自分の責任になるからです。
決断のはさみ図のごとく、上の刃には意思がいります。下の刃には決断したと同時に責任が生じます。大きな決断には大きな幅が、小さな事は小幅ですみます。当然、決断に使うエネルギー量は大きい、小さいで変わります。

大きなことも小さなことも決断する、あるいは選択する場合、そこには決断の理由(リーズン)が横たわっています。どう決断するか、何を選ぼうか葛藤(コンフリクト)が生じます。ガチャンと切った瞬間、それが良いものにしろ、悪いものにしろ、結果に対する責任(アカウンタビリティー)が生じます。

葛藤が生じるのは、情報が多くて迷う、失敗を恐れる、リスクを取りたくない、人に頼ってきた今までの習慣から、自分で決断できない、前例がないからどうしてよいかわからない・・など多くの不安材料が横たわっています。なかでも一番大きな理由は責任を負わされたくないという思いです。

組織の中ではっきり決断が下されないとみんなに大きく影響します。国民も社員も上司の決断の結果が示されないと進む方向が見えません。今の社会では、それゆえに不安を抱えている人が多いようです。無責任な決断に、人々は無関心になり、トップから離れていっています。なぜなのでしょう。

さらに、昨今はメディアやネットが炎上、「公開処刑」などと物騒なことを言ってすぐさま人をつるし上げ、叩きのめす悪しき習慣が出来上がっていますから、人間はさらに臆病になってきました。上手に綱渡りして、可もなく不可もない生き方を強いられ、上手に逃げられるよう汲々としています。

決定事項を先延ばしにし、意見を濁し、逃げ腰の姿を目にします。「次回の会議でさらに話し合おう」「鈴木さんの意見は妥当と思われます」「他社がそうしているのだから、わが社も」「他の国でうまくいっているのだから、わが国も」などその場で決定をしないように伸ばしに伸ばし、意見はまとまらず、他人や他の会社や国を引き合いに出すなど「逃げ」「時間稼ぎ」に明け暮れ、「責任が転嫁できるような言葉」を選んで発言しています。

言い訳、弁解、責任転嫁、とりわけ部下を生贄にするなどは許されません。
意思決定集団に私たちは希望を失い、期待せず、どうでもいいと、やる気を失っていく人が増えていく一方です。リーダーでいるからには、上に立つからには,下記の3つがなければその場にいること自体が間違いです。
決断を下すには「意志の強さ」「チャレンジ精神」「責任を果たす覚悟」が必要です。

組織や、国政に携わっている人にはそれらを使うために給料が支払われていると言っても過言ではありません。包丁やハサミを研ぐのと同じく、「決断のハサミ」も、シャープで切れのいいように、日ごろから研磨しておく必要があります。
どうすれば、私たちは3つの条件を備え「決断のハサミ」を使える理想の上司やリーダーを見つけ、選出することができるのでしょう。その人たちを選んだ我々にも責任があります。
その方策を見つけてみたいと思います。

他人と違う私だからこそ

自分の前に突き付けられた言葉“ビジョン”に最初は抵抗感があったでしょう。なぜなら「ビジョンがエネルギーを出す」などと言われても信じられなかったからです。それが、今では、論理的で納得のいくエネルギーを出す方法だと理解できましたね。最初は自分のビジョンを行動に移すことになれないかもしれませんが、言葉に置き換え、具体的に目的を設定しましたから、その心配はありません。

成功のサークルを「好ましい結果」に近けるには、頭がいい、教育を受けている、環境が整っている、老若男女の違いなど、全然関係ないこともわかりました。すべての人が平等です。試してみようと思いさえすれば、誰もが、どこでも、何時でも始められることも知りました。

結果に行き着くまでの過程で、すでにあなたは、大切なものをたくさん手に入れました。

・ 自分が生きる上で何を大切と思っていたかが、具体的になった
・ 欲しいものが手に入りやすくなった
・ しっかりビジョンを掲げることで、自分に自信が持てるようになった
・ 進もうとする道が明確になった
・ 計画性ができ、時間を無駄にせず、すばやく行動に移す習慣がついた
・ 自分と他の人は違う、それで当たり前、他の人のビジョンも理解できる
・ 孤独感や、寂しさ、むなしさなどを感じなくなった
・ 達成感や、満足感とは何か、それを味わうことができる
・ 他の人のことが気にならない。人の能力や財産も気にならない
・ 自分がどんな人間か、深く観察できるようになった
・ 甘えたり、人に頼ったりしていたことでは問題解決にならないことを知った
・ ビジョンを見つけてから、自分は強くなったと感じる ビジョンまとめ2
個人のみならず、複数でビジョンを掲げている場合は、みんなで共有し、時々、反復し、ビジョンが緩んでいないか検証します。みんなが、ビジョンを忘れ、間違った方向に走るとビジョンが正しい方向を示してくれます。社長命令より力を持っていますよ。

私個人としてのビジョンは「安心安全」、組織の中では「Be together」、もの創り部門は「生活の中の芸術品」を掲げていましたが、ほぼすべてビジョンから外れないで納得のいく結果を生みだしています。

時々立ち止まり、ビジョンを心がけ、振り返っています。時には間違いを犯したり、方向を失ったり、ビジョンを忘れたりで、まごつきますね。それも結果に向かう道の上の出来事ですが、そんな時はフィードバックゾーンがありますから、どうかご安心下さい。

それにしても呆れてモノが言えないのは、しどろもどろの弁明をする政治家や、マイクの前で頭を下げる会社のお偉い人たちの口癖は決まっています。「部下がしたことでして」とずるく言い逃れる態度、ビジョンをわすれた卑怯極まりない姿そのものです。生贄を出してでも自分が助かればよいとするエゴにビジョンが温かいエネルギーを出すわけがありません。ビジョンは忘れない限り、いつも導き手となり、静かにあなたにエネルギーを燃やし続けます。しかし忘れてしまった時は崖から突き落とさるのです。

混沌とした世の中、先が不透明な世の中だからこそ「どうなったっていいや」ではなく「こんな時こそしっかりビジョンを掲げる」でいれば、後悔がない生き方ができます。
ビジョンは長い学びでしたが、あなたの役に立ったでしょうか。

「行動」に求められる精神と肉体

ビジョンも目的も手段も設定されたいま成功のサークルに乗りました。時計の針のようにチックタックと右回りに歩み始めました。速度を決めるのはあなた自身です。あなたにとって心地よい歩みかたが失敗しないですむでしょう。結果に期限を付けず、あせらず、むしろ確実に歩むことが最も大切です。歩みを止めれば、今までの決め事はすべて水の泡です。勇み足は危険です。早く結果を出そうとするとエネルギーを燃やし切って挫折してしまいます。

なんとなく、「ここまで来たから、あとは行動するのみだ」と、安易に考えるのはおやめください。「行動」は止まることのない歩みです。結果までの道のりがどれくらい長いかもわかりませんし、どんな困難が待ち受け、障害物に会うかも知れません。

遅かれ、早かれ、結果は出てきます。あなたは「思うような結果が出ない」と嘆くでしょうか?結果は自分のところに帰ってきますから人のせいに出来ません。しかし、思うような結果が出なくても安心してください。あなたの成功のサークルにはフィードバックゾーンが存在します。目的から結果まで何度も修正できる安全地帯です。

たとえば、ビジョンと目的、目的と手段、手段と行動などか、それぞれ合理的につながっているかを、いつでも検証し訂正することができます。あなたは、フィードバックゾーンを行きつ戻りつしながら変更することが可能です。

フィードバックゾーン

・ビジョンに合った目的設定をしていたか
・ 最初から大きな目的を立てすぎていなかったか
・ 間違った手段を取っていなかったか
・ お金ですべてを解決できると思っていなかったか
・ 愛の本質をよく理解していたか
・ あまりにも早い結果を求めすぎていなかったか
・ あまりにものんびり構えていたのではないか
・ 嫌なこと、困難なことから逃げていなかったか
・ 目先のことばかりに流されて、各段階で立ち止まらなかった
・ 各段階が合理的に結ばれていなかったのではないか

さて、「行動」する人間に求められる条件は次のとおりです。

結果に行き着くまで、困難に負けず、根気と勇気を失はないことは言うまでもありません。生まれついてから今日まで、意識的にも、無意識にも、みんなそれなりにがんばっているのですが、さらに、勇気づけられる説をお送りします。

仕事を成功させ、人生を全うさせるには、持って生まれた資質と運命は、たったの10%ぐらいしか成功のサークルに影響しません。残りの90%は下記の3つで出来上がっています。

「困難を受け止める力」「人生と仕事に奉仕する精神」そのために、「精神と肉体のトレーニング」これこそが「成功の秘訣」です。エリート教育を受けようと、良い環境に育とうと、お金があろうと、何がなんでも上記の3つを継続させなければ、何の役に立ちません。

これは私たちに平等に与えられ、誰にでも使える秘訣でもあり方法でもあるのです。ビジネス、スポーツ、あらゆる分野において共通していて、これは決して古典的な考え方ではありません。いつの時代にも通用する真実をついた考え方ではありませんか。

仕事の運命のコピー


「手段」を賢く使う

「ビジョン」という言葉に慣れ、身近に感じるようになってきたと思いませんか。「自分が何をしたいか」「どうありたいか」「何を得たいか」など、目的も具体的になってきたはずです。

大きな目的より、達成しやすいことから始め、クリアしたら、次の目的を立てるというふうに進んでいけば、自信がつき、「よし、もっとやろう、つぎにいく」と、意欲的になります。欲張らず、あせらず、大きすぎず、到達可能な目的を掲げることから始めたらいいと思います。

人間、自分ひとりで何もかもやりこなせるはずはありません。限度があります。シャカリキになっても自分の知っていることなど、知れたものです。そんなときは、あなたのまわりを見渡してみて下さい。「目的」を手に入れるための「手段」が、いろいろ見つかります。それらが、あなたを大いに助けてくれるのです。

あなたが目的に向かって一歩前に進むとき、「情報」「コネクション」「先輩やその道の人から知恵をかりる」「専門家の技術」や「ネットや情報誌の知識」を得ることもできます。これら外部で見つかる「手段」はタンジブルで、参考になり、即戦力になります。それらを、あなたの創造力、勇気、努力、夢、向学心などのインタンジブルな力と結び付けることにより、効果が出ます。

さて、ここで打ち明けておきたいお話をしましょう。私たちがいちばん「手段」として使いたく、効果があると思っているのはお金ではありませんか?

実際、お金ほど「手段」として使えるものは他に見当たりません。お金の出番はここぞとばかり、「手段としては最高」です。生きる上で、仕事上で力を発揮し、助っ人となり、最高に役立ちます。ただしお金ほど間違えると「恐ろしい落とし穴」になり得ます。とことん、あなたをやっつけ、突き落としてしまう力も持っていますからご用心。

人を助けることができるのはお金、人の命さえ奪うこともできるのもお金、こんな両極端の力を持つのがお金です。それに、お金は「流動的で不安定」な性質をもっていますから永遠に手段とするわけにいきません。いつ必要か、そのタイミング、どれだけ必要か、をよく考える必要があります。

あなたがお金を運転しているつもりでも、お金があなたを運転することもあります。
お金と愛
そしてお金のほかに、もうひとつ「取扱い注意」なのが「愛」です。
愛も手段として絶大なエネルギーを持っています。この愛によって、ビジョンに近づくことができ、人に快適さや幸せをもたらすこともできます。ただし、愛もお金と同じで憎しみというアンビバレント(両価性)な関係を生みます。しかも、愛はいつ、ひっくり返るかわからない不安定さを持っています。裏目に出た時は危険そのものです。

自分では愛を「手段」として正しく使っているつもりが、夫婦、恋人、親子、友人の間でも、相手は「しつこい」「まとわりついてほしくない」と思っているかもしれません。エゴを持っている人間は、都合の良い時は愛、そうでないときはそこから逃げ出したいと思っているのです。残念なことに「上手く使えそうで、使えないのが愛」です。

お金も愛も、使う人次第でどちらにも転びます。ゆえに、「お金と愛を取り扱う際には、慎重に、そして、理性が必要」と心がけることです。

以前のブログで説明したコージマとワグナーのように王を死に追いやった理由の一つは愛とお金を「手段」として使ったからです。世のなかに起こるほとんどの悲劇はこの二つの手段の使い方により引き起こされます。

手段を選び、それを使って、いよいよ「行動」を起こします。あなたの成功のサークルの最後の段階に入ります。

プロフィール

山川 和子

Author:山川 和子
世界的ブランド「フェイラー」創業者 山川和子が起業家になりたいあなたへ「私の経験」から語れることをお伝えしましょう。

ビジネス成功へのキーワード「インタンジブル」(無形の力)を使って理論的、かつ実践的に学び、「成熟した人格」「感動的な人生を送るための手腕」「文化的な富裕」を同時に身に着けられることでしょう。

  <独ホーエンベルク>
YSH山川高齢者施設財団
「住みよい街」ホーエンベルク財団

日独で執筆&講演活動中 

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